羊田六色のブログ

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小説書いたよ

 小説を書きたくなったから、書いた。一ヶ月くらいかかったけどなんとか最後まで行くことができた。しかし、まだ完成ではない。ここから推敲をする。特に、ラストが起きる説得力が足りない気がするので、その伏線を貼りたい。また、意味もなく出ているキャラもいるので、そこを違和感なくカットしたい。

 キャラやプロットは書いていたが、結構書いているうちに変わってしまった。だが、そこをしっかりと設定したおかげで、すらすらと書くことができた。やはり、事前準備をしておくと書くのも楽しくなるし、書いたもののクオリティもたかくなっている気がする。

 この小説は3月末締め切りのすばる文学賞に投稿するつもりだ。それを目指して、もっと良いものに磨いていきたい。

「本当」

 amazarashiの「帰ってこいよ」をもし五年前に聞いていたら、僕は泣いたかもしれない。

 僕は名古屋を出て関東に進学をした。そこで勉強して研究者になりたかった。しかし、僕はなれなかった。単純に僕は勉強ができなかった。それでも、と頑張るうちに、講義に出られくなった。そして、大学を中途退学した。名古屋に落ち延びてやってきた。それからも困難は続くのだけど、それは話すべきことじゃないと思う。

 未だに僕には学問へのあこがれはある。いつか学位を取りたいとも思っている。ただ、しばらく離れているうちに、僕は研究者になって何がしたかったのだろう、と考えるようになった。偉ぶりたかった。それもある。ただ、世界を知りたかった。それもある。しかし、それは研究者でなくてもできることだ。そうして、考えているうちに僕は「本当」が知りたかったのだと思うようになった。

 僕にとって「本当」は嘘偽りがないという意味ではない。もっとも素の部分、物事の核、それを僕は「本当」と呼ぶ。それを知るには議論して、意見をぶつけ合わせる必要がある。常識はずれな意見や非道な意見も洗いざらい議論の俎上に出してだ。僕はこれをしたい。

 この思いが、僕に小説を書かせている。いずれ世間にぶつけてみたい。

ロケットデッキのあれこれ

 使いたいカードがある。それを使うだけで満足するかといえばノーである。それを使って勝てば満足するか? それもノー。

 僕は遊戯王が好きだ。だけど、大会というものに参加したことは殆どない。初めて大会に出たときに、対戦相手にリビングデッドの呼び声サイコショッカーにボコられて以来、かなり苦手意識を持っている。そのため、遊戯王といえば友達や弟、父とやるものだった。また、カードショップ(そのころは専門のところはなく、僕の近くでは古書店がやっていた)に行けば勝負できる同年代の子はわんさかいた。

 そんな訳で僕はすくすくとコンセプトデッカーに育っていった。コンセプトデッカーは、トーナメントで勝つことではなく、コンセプトを満足しながら勝つことを目指すプレイヤーだ。

 コンセプトを意識して初めて作ったのが「ロケットデッキ」だ。コンセプトは僕の名刺となるデッキで、宇宙開発が好きだということをわかってもらえれば良いと思っていた。中身はかなりお粗末で、ロケットと名前につくモンスターを入れて、さらに「No.9 天蓋星ダイソン・スフィア」を出すためのギミックをぶっこんだ。ロケット戦士で攻撃力を下げて、「No50ブラックコーン号」の効果で墓地に送ってバーンダメージを飛ばすコンボはよかった。しかし、他が噛み合っていなかった。

 その後、しばらくの悩みつづけた。その間に上述のコンボの中心になる「ロケット戦士」を相棒として活躍させるというコンセプトへ変わっていった。そして、「混沌空間」と「神剣ーフェニックスブレード」のコンボを使った「ロケットデッキ2」が完成した。コンセプトの変更に伴い、最初のロケットデッキから戦士族以外のカードが抜かれ、「ロケット戦士」を活かすために「緊急同調」などバトルフェイズで展開のできるカードを投入した。しばらくはこのデッキでデュエルをしていた。

 ある日、ふと「ロケットデッキ2」はこのままで良いのだろうか? という不安が僕の中で首をもたげた。このデッキは結構強かった。また、新しいカードを受け入れる柔軟性も合った。でも、元々の「ロケットデッキ」のコンセプトである宇宙開発が好きだ、という思いからは離れてしまっていた。宇宙開発は日進月歩の世界だ。この「ロケットデッキ2」の強さに甘えて進歩を忘れてしまっているようでは元のコンセプトを満たせない、そう考えた。

 それから、ペンデュラム型や明と宵の逆転型、自爆バルムンク型といろいろ試した。そして、最近ようやく形になった。これを「ロケットデッキ3」と言おう。一番の変更点は「ロケット戦士」を場に残し続けることだ。先のコンボで言えば、「ロケット戦士」を素材にするのではなく、「ロケット戦士」の横に「No50-ブラックコーン号」を立てるようにした。また、コンセプトを満足する仕方も変えた。デッキの構築でコンセプトを満足するのではなく、そのデッキの戦い方でコンセプトを満足することにした。僕は「柔軟な戦い方」と「犠牲をいとわない勝利」をコンセプトにした。どちらも僕の宇宙開発のイメージから取ってきた。

 そんな訳で、今僕はデッキ作りではとても満足している。だが、デュエルができていない。飢えている。乾いている。デュエルがしたい死体。

さつまいも

 僕は今とても焼き芋が食べたい。ホクホクあっちっちの焼き芋は苦手なので、コンビニに売られているような冷やし焼き芋がいい。冷やし焼き芋を買うコツは袋の中に複数入っているのを選ぶことだ。さつまいもは小さいほど甘みが強い。複数入っていればそれだけ小さいものが入っている。

 冷やし焼き芋の王は成城石井の焼き芋だと思っている。焼き芋を縦に割り食べにくい端っこは除いてある。大きさは小さい、というより細い物が多い。これが成城石井のでっかいプラスチックパックいっぱいに入って500円ほど。かなりお得だ。甘味も素晴らしく、僕が苦手な酸味はほとんどない。食感は結構しっかりしており、ほくほく系焼き芋を求めている人には合わないだろう。

 金山で明日まで来ているフーズ・プロ鹿児島の「安納まんまポテト」もおいしい。縦に半分に切った焼き芋の断面にスイートポテトがこんもり塗られている。このスイートポテトは癖がなく、バターを入れているのかコクが有って美味しい。焼き芋自体はさっぱり系でスイートポテトの甘さとバランスが良い。

 いしや〜きいも〜 

新しい仲魔「スカルビショップ」

 「スカルビショップ」を出す方法を思い付いた。それはここに書かない。どこかで見せられればいいと思っているが、そんな機会があるかは不明だ。

 「スカルビショップ」を知っているデュエリストは相当前からやっている人だろう。調べてみたら第一期の最後に出たブースター7で登場した融合モンスターらしい。このカードはノーマルであるにも関わらず攻撃力が2650と当時では高めだった。この攻撃力はとても塩梅が良かった。「闇の破神剣」を装備すれば攻撃力は3050になり、最高攻撃力をもつ「青眼の白龍」を戦闘で破壊できた。また装備魔法がない状態でも「デーモンの召喚」や「ブラック・マジシャン」の攻撃力2500を倒すことが出来た。

 小学生の頃の僕が使っていたのは、今風に言えば闇属性ハイビートだった。この「スカルビショップ」はそのデッキのエースだった。たしか「破壊神ヴァサーゴ」と「魔天老」の融合で出していたはずだ。当時は融合のサポートなんて「融合賢者」ぐらいだろうによく入れたものだ。

 思い出のカードなので「スカルビショップ」のデッキはいつか作ろうと思っていた。しかし、さまざまな融合モンスターが出た今となっては下位互換感が拭えず、また、融合素材と種族が違うのでシナジーが生まれにくいのもあって、今まで作ることが出来なかった。今回デッキとして作るきっかけになったのは「切り裂かれし闇」の登場だ。「スカルビショップ」は融合素材に通常モンスターを要求するため、それのサポートを受けることができる。「トイパレード」と合わせればさらに強い攻撃ができそうだ。

 実際のデッキはレベル3モンスターを中心に組んでいる。彼岸やPANKを中心に「魔界発現世行きデスガイド」と「サイコウィールダー」をいれて最悪「スカルビショップ」が出せなくてもランク3エクシーズやレベル6シンクロで戦えるようにした。ちょうど融合素材の「魔天老」も「悪魔の知恵」もレベル3闇属性悪魔族なので違和感なく混じっている。

 ああ早く対戦がしたい。

明和電機展を見てきた。

 言い訳良いわけ? 良いわ(ケイ・岩毛) 左は書きたかっただけ。

 豊川で明和電機の展覧会がやっていると聞き、二度寝をしたいと主張する重いまぶたを開けて豊川へ行ってきた。ちょうど、明和電機の社長が緊急来館すると聞いたので、混み合うのを避けるために来館前へ滑り込んで見てきた。

 結末から言うと、頭に100Vの三相交流を流されたみたいに衝撃を受けた。「セーモンズ」の声は機械が出している音でしか無いはずなのに神秘的に聞こえた。「ツクバシリーズ」で奏でられる音楽はかっこよかった。鉄板を叩いた音がかっこよくなるのはなんでだろう。そう、この「なんでだろう」から始まる理系的な美術がある。

 僕はアマチュアなりに小説を書いている。僕はよく考えて小説を書いてきたつもりだった。しかし、今日の明和電機展を見てそれがちゃんと出来ている自信がなくなった。僕が今まで書いてきたことは体験してきたことだ。でも、書きたいのは「なんでだろう」に僕なりに答えた文章だ。この2つの違いに気づけなかった。だから、できてなかった。とは僕の言い訳だ。

 面白い小説を書きたいな。

フランソワ・ポンポン展

 名古屋市美術館の特別展「フランソワ・ポンポン展」を見に行ってきた。金曜日は遅くまで美術館が開いていることはあまり知られていない。そのため、鑑賞している人も少なく、ストレスなく見ることが出来た。

 主な展示物は彫刻で、ほんの少しスケッチと展覧会のポスターが展示してあった。その彫刻も、ごくごく初期の人物像こそあったが、殆どは動物彫刻だった。彼の作品はとにかく磨かれており、比喩ではなく光を反射して輝いている。そのため本来の動物なら身にまとっている毛の表現は完全になくなっている。つまり、完璧な動物の写しではない。しかし、その動物の動きを思い出させる形をしているため、本物よりもその動物らしく見えた。

 この展示会で僕が一番気に入った作品は「バイソン」だ。「バイソン」はそのタイトル通りウシ科のバイソンの彫刻だ。黒いブロンズの体がいかにも重そうだが、サイズは大きくなく両手で抱えるくらいだ。これも例のごとくピカピカに輝くほど磨き上げられている。そんな「バイソン」を僕が気に入ったわけは輝き方の濃淡が美しく見えたからだ。「バイソン」は頭の周りにシワが作られており、そこの輝き方が鈍い。僕にはその鈍さが硬さに見えた。実際のバイソンの頭の毛が硬いのかは知らないが、とにかく僕にはそう見えた。さらに言えば、そう見えたのが面白い。なぜなら、僕はバイソンにも「バイソン」にも触れていない。それなのに硬さを感じたからだ。

 僕は彼の作品を見ていると浮世絵の匂いを感じた。彼は20世紀初頭のフランスの彫刻家で、ジャポニスムブームを体験していただろうが、印象派の画家たちのように傾倒しているわけではないと思う。ただ動物をデフォルメし本物以上の美しさを表現しているところが、元を強調と省略してより美しい世界を描く浮世絵と似ている。

 ところで、ポンポンはフランスではメジャーな名前なんだろうか? たしかポムがりんごって意味だったから、それと関係があるのだろうか? なんにしても可愛らしい。ふらんそわぽんぽんVSきゃりーぱみゅぱみゅと書いても違和感がない。